こんにちは、早川です。
今日は、いつもより少しだけ、心の深いところに触れる話をお届けします。
実は先日、ある知らせを受けて、「今をどう生きるか」ということを改めて考えさせられました。
40代にもなると、こうした出来事が決して他人事ではなくなってきます。
忙しさに流されて、見えなくなりがちな“今”の価値。
それを思い出す、ひとつのきっかけになれば幸いです。
先日、実家の両親から、ひとつの悲しい知らせが届きました。
私の幼なじみが、病気で亡くなったという連絡でした。
彼とは幼い頃、毎日のように一緒に遊び、大学時代には大好きなミスチルのライブにも何度か一緒に行きました。
私の結婚式にも来てくれた、大切な友人です。
最近はなかなか会えていなかったけれど、
訃報を聞いた瞬間、まるで昨日も一緒に笑っていたかのような、そんな懐かしさと深い喪失感が、静かに広がりました。
そして、問いかけられたのです。
「自分は、今をちゃんと生きているだろうか」と。
私はスマホのホーム画面に、「残り420.9カ月」とカウントダウンアプリで表示させています。
男性の平均寿命から逆算した、自分の“人生の残り時間”です。
目的は、人生には限りがあることを意識して生きるため。
でも今回、その数字の意味が、少し変わったように思いました。
長く生きることが大事なんじゃない。
どれだけ“濃く”生きるかが、大事なんだ──
亡くなった友人との思い出が、そのことを改めて教えてくれた気がします。
40代にさしかかると、健康診断で指摘を受けることが増えてきます。
(私自身も毎年どこかしら引っかかるように…)
いつどうなるかなんて、正直わかりません。
だからこそ──
今この瞬間を、ちゃんと味わって生きる。
誰と、どんな時間を過ごすかを、大事にする。
その選択の積み重ねが、人生の“密度”をつくっていくんだと思います。
あのとき会おうと思っていたのに、忙しさを理由に先送りしてしまったこと。
伝えたかった言葉が、もう届かないこと。
そして、私自身──
友人と、“最後の言葉”を交わすことはできなかった。
「またそのうち会える」
「落ち着いたら連絡しよう」
“そのうち”は、永遠には続かないのです。
だから私は、「ありがとう」「元気?」といった何気ない言葉をちゃんと伝えようと、改めて思いました。
それが未来の後悔を、少しでも減らしてくれる気がするし、いま目の前にある大切な時間を、より深く味わえるようになるから。
人生の長さは、自分にはコントロールできない。
でも、その“濃さ”や“密度”なら、自分次第で変えていける。
長く生きることより、濃く生きること。
私はこれからも、“濃く生きる”人生を選び続けたいと思います。
今日、大切な誰かに「元気?」と声をかけてみる。
たったそれだけでも、人生の密度は少しずつ変わっていく。
そしてその変化は、誰かの心にも、きっと届くはず。
今この瞬間を大切にできたら、私たちはもっと“濃く”生きていける。
自分のために、そして、大切な人のためにも。
最後に──
私の人生の1ページを刻んでくれた友人へ、心からの「ありがとう」を贈ります。


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