こんにちは! 早川です。
以前の私は、
「次は何を目指すべきか」を自然に考えていました。
今より少しでも良くするにはどうするか。
来年はどんな役割を担うのか。
今の延長線上に、次の成長があるのか。
そうやって、先のことを考えるのが当たり前でした。
ところがある時、ふと気づいたのです。
「今のままで、特に困っていない」と。
仕事は回っている。
大きな不満もない。
無理をしている感覚も、以前ほどはない。
その瞬間、安心より先に、
別の違和感が浮かびました。
これは、停滞なのだろうか。
成長をやめたサインなのだろうか。
私たちは、思っている以上に
「成長し続ける物語」に慣れすぎているのかもしれません。
会社の世界では、
今年これだけの成果を出したら、
次はもう一段上を目指すのが当たり前です。
現状維持は、後退と同じ。
上を見なくなった瞬間に、置いていかれる。
評価制度も、目標管理も、キャリア論も、
基本的には「次」「さらに上」を前提に作られています。
その空気の中に長くいると、
「このままでいい」という感覚そのものが、
不安や怠慢のように変換されてしまう。
私はだから、
会社の毎年の目標設定が、どうしても苦手でした。
今できないことが、
来年にはできるようになっている前提で話が進む。
去年と同じ状態は許されず、
停滞は退化だと、
どこかで言われているような感覚。
もちろん、
成長そのものを否定したいわけではありません。
ただ、
「今の自分では足りない」
という前提を、
毎年のように内面に刷り込まれていく感じが、
少しずつ苦しくなっていったのだと思います。
では、少し視点を変えてみます。
もし会社が、
「今のままで十分だ」と思ったら、
その会社は終わってしまうのでしょうか。
おそらく、多くの場合はそうでしょう。
会社は、人とお金と期待でできた組織です。
市場は変わり、技術は進み、競合は動き続ける。
何もしなければ、相対的に弱くなっていく。
だから会社は、
成長し続けなければならない。
それは理想論ではなく、
組織として生き残るための条件だからです。
社員を守るために。
投資を受けるために。
「この先も続く」という物語を保つために。
成長とは、
会社にとっての生存戦略なのだと思います。
けれど、それをそのまま
個人の人生に当てはめる必要があるのか。
個人にとっての成長は、
必ずしも拡大や上昇だけではありません。
安定させること。
再現できる形にすること。
長く続けられる状態を選ぶこと。
そうした選択をするフェーズがあっても、
不自然ではないはずです。
それでも違和感が消えないのは、
止まったからではありません。
何もしなくなったわけでもない。
責任を手放したわけでもない。
成果が出なくなったわけでもない。
それなのに、
以前と同じ場所にいないような感覚だけが残る。
その正体は、おそらく──
自分の選択が、
社会の物語とズレていく感覚
だったのだと思います。
成長し続ける物語の中にいる間は、
分かりやすい仲間がいます。
同じ目標を語り、
同じ言葉を使い、
同じスピードで進む人たち。
けれど、そこから静かに降り始めると、
人は少しずつ減っていきます。
雑談も減る。
フィードバックも減る。
「次は?」と聞かれることも減る。
そのズレは、やがて
「孤独」として感じられやすくなる。
けれどそれは、
拒まれたからではありません。
単に、
同じ物語を歩いていないだけなのです。
では、
「このままでいい」と思い始めた自分は、
人生を止めてしまったのでしょうか。
実感としては、むしろ逆でした。
無理が減った。
判断が静かになった。
不安に振り回されにくくなった。
派手な成長実感はなくても、
崩れにくくなっている。
前より速く進んでいるわけではないけれど、
立ち止まっているわけでもない。
「このままでいい」という感覚は、
終わりではなく、
位置が変わったサインなのかもしれません。
上を目指す物語から、
静かに一歩降りただけ。
人生を小さくしたわけではなく、
進む向きが変わっただけなのだと思います。
派手な目標を掲げなくても、
今の歩幅で、
続けられていることがある。
もし今、
「次を目指したい気持ちが湧かない自分」に
違和感を覚えているとしたら。
それは、
止まっているからではありません。
自分の意志で、
自分の歩幅に戻り始めているだけ。
そう考えてみても、
いい時期なのかもしれません。
P.S.
もしこの記事を読みながら、
「このままでいいと思い始めた自分は、
本当に止まっているのだろうか」
そんな問いが頭に残っていたら。
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