こんにちは、早川です。
ふと、こんなことを考えることがあります。
外向型の人と比べて、自分は人と話す機会も少ないし、新しいつながりも多くない。
「このままで、成長していると言えるのだろうか」
「もっと外に出たほうがいいのではないか」
そんな問いが、頭をよぎることがあります。
外から見ると、内向型の時間は少し不思議に映ります。
・人と会っていない
・発信も控えめ
・人脈を広げているわけでもない
外向型の基準で見れば、
「何もしていない時間」
「止まっている時間」
そんなふうに見えるかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか。
少なくとも、私自身を振り返ると、その時間をぼーっと過ごしていた感覚はありません。
一人で考え事をしていたり、自分の感情や違和感を言葉にし直していたり。
家族がいる人であれば、家族と会話をしたり、ただ一緒に過ごす時間を大切にしていたかもしれません。
つまり内向型は、外との接点が少ない分、内側との対話を重ねてきたのだと思うのです。
そしてそれは、決して効率や成果を求めた選択ではありませんでした。
・自分が壊れない方法
・無理をしすぎない距離感
・静かに満たされる時間の使い方
そうしたものを、意識か無意識かは別として、選び取ってきたのだと思います。
外に出続ける生き方が合う人もいる。
でも内向型にとっては、内側を削らないこと自体が、ひとつの前進になっているように思います。
正直に言えば、外向型の正解から完全に抜けきれているわけでもありません。
無理な人付き合いは減った。
以前ほど、人と比べなくなった。
それでもふと、
「この静けさは、停滞なのだろうか」
「守りに入ってしまっていないだろうか」
そんな問いが、戻ってくることがあります。
もう外向型の生き方を、そのまま追いかけてはいない。
けれど、完全に手放せたかと言われると、そう言い切れるほどでもない。
そんな位置にいる人は、きっと少なくないはずです。
それでも、ここまで続けてきた選択は、日々の振る舞いや判断に、静かに表れています。
無理をしていないから、長く続いている。
自分の限界を把握しているから、崩れにくい。
その積み重ねが、いつのまにか「安心感」や「信頼」として伝わっていく。
それは、あなたが気づくより先に、周囲が感じ取っているかもしれません。
もし今、「もっと外に出たほうがいいのでは」と感じる瞬間があったとしても、それは後退のサインではありません。
むしろ、ここまで静かに積み上げてきた、証拠なのだと思います。
外向型の正解から、すでに半分は抜けている。
あとは、自分が選んできた静かな時間を、疑わずに続けていくだけ。
それでいいのだと思います。

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