こんにちは、早川です。
静かな人は、ときどき孤独になります。
会議で多くを語らないとき。
競争の土俵に、自分から上がらないと決めたとき。
「自分は取り残されているのではないか」
そんな感覚が、ふっとよぎることがあります。
私もありました。
周囲が昇進を目指して動いている中で、
私はスペシャリストの道を選びました。
残業を増やして存在感を示す働き方もある。
前に出て評価を取りにいく道もある。
でも私は、別のやり方を選んだ。
その瞬間、
世界が静かになった気がしました。
評価がなくなったわけではない。
成果が出なくなったわけでもない。
それでも、
「競争の中心にいない」という感覚は確かにありました。
そのとき感じたのが、うまく説明できない孤独でした。
最近、息子の学校の卒業式の式辞を、目にする機会がありました。
そこにあったのが、「足るを知る」という言葉でした。
卒業生の大半は、この春から大学へ進みます。
これから先、これまで以上に
「もっと」を求められる世界に入っていくのだと思います。
もっと上を目指せ。
もっと成果を出せ。
もっと早く、もっと遠くへ。
高校生は、まだ競争のスタートラインに立ったばかり。
希望があり、加速していく時期でもあります。
けれど校長先生は、これまで何十年も生徒を送り出してきた人です。
成功する人もいる。
苦しむ人もいる。
燃え尽きてしまう人もいる。
その姿を、きっとたくさん見てきたのだと思います。
だから最後に、「足るを知る」という言葉を贈ったのではないか。
私は、そんなふうに感じました。
その言葉を読んだとき、私は静かに腑に落ちました。
孤独は、間違った選択から生まれたものではなかった。
他人の「もっと」に乗らないと決めた結果、
競争の外側に、少し静かな場所が残っただけだったのだと。
出世を最優先にしない。
比べることをやめる。
家族との時間を守る。
その代わりに、拍手は減るかもしれない。
注目も減るかもしれない。
けれど、代わりに増えたものがあります。
揺れても戻れる感覚。
自分で選んでいるという納得。
静かに積み上がっていく信頼。
孤独を感じる場面は、これからもあるでしょう。
それでも私は、
自分の基準を手放さないと思います。
「足るを知る」とは、止まることではありません。
他人の「もっと」を降りて、
自分の歩幅で進むと決めることです。
その歩幅は、派手ではないかもしれない。
でも、確かです。
もし今、あなたが少し孤独を感じているなら。
それは、取り残されているからではありません。
自分の人生を、自分の基準で引き受けようとしているからです。
静かな人の孤独は、弱さではない。
それは、「足るを知る」と決めた人の強さです。
騒がなくていい。
目立たなくていい。
あなたの歩幅で、
静かに進んでいけばいいのです。
P.S.
今回書いた「足るを知る」という選択。
揺れや孤独をなくすことはできなくても、
自分の基準に戻れる力は育てられる。
その「戻る仕組み」をまとめたのが、
Kindle本『サイレント・コミットメント』です。
今回の話が、どこか自分のことのように感じられたなら、
本書にも目を通してみてください。


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